2006年2月23日

育つ家


IMG_uchiawase0001.JPGかあちゃんは、家の打ち合わせをしなくなった。

だって、これは、とうちゃんの家だ。
もう、全てを考えるのは、とうちゃん。

進学も就職もレールに乗って進んできたとうちゃん。かあちゃんがいたから東京で何の苦労もなくやってこられたとうちゃん。今までアパート借りるのも物件探すのも、鍋ひとつ買うのも服1着選ぶのも、何もかも全てかあちゃんに頼ってきたとうちゃん。
だけどね、もう、かあちゃんは、とうちゃんの母親ではいられないんだ。
だって、今はもう、かあちゃんには、小さな子どもがふたりいるんだもの。
とうちゃんにいつまでも大きな子どもでいられたら、子どもたちを育てていけないよ。

不動産屋から始まって、建築家さんやビルダーさん、解体屋さん、銀行、工務店の人々、役所、教育委員会、植物園、材木店、神社、風呂店…。たくさんの人に会いに行き、たくさんの人に交渉し、たくさんの人の話を聞いてきた。
それは、とうちゃんが、今までの人生で、してこなかったこと。
自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の力で、相手の人ひとりひとりと話をして。

この家をつくるのは、とうちゃんだ。施主はとうちゃんだ。
かあちゃんが少し建築わかるから、かあちゃんが考えればいい?
それは違う。
失敗したっていい。下手でもいい。
大事なのは、とうちゃんが自分でつくることだ。

気がつかなかった?
子どもだけじゃなくて、とうちゃんが育つ家だったんだよ。

IMG_doma0001_2.JPG
土間に座っていると、小さな家の小さな部屋なのに、何故か、おごそかな気分になってくる。
不思議だなぁ…。構造あらわしのせいで、柱がたくさん並んでいるからかな。人間、縦の線に囲まれていると、厳正な気分になるのかもしれない、森林の中がそうであるように。

家の囲いが取れた。


[この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます]

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
※ 下記URLの大文字「MT」を半角小文字「mt」に変換してご利用ください。
http://kurashi-no-shiori.com/cgi/mt/MT-tb16.cgi/1279

コメント[8]

いいですね、家族が成長するって!
住宅展示場で家を買ってくれば、こんな簡単なことは無い。
自分たちのことを知らない誰かさんが、勝手に「どうせこんなもんだろう」と綺麗な家をつくってくれるから・・・。
本当は、自分達の家は、多くの人たちの手でつくられていたんだということも知らずに、いくつかの不満を抱えながら「ま、こんなもんだろう?」と住めばいいんだから。
JUNさんたち家族は、この家づくりを通して、多くの人に出会い感謝しながら、貴重な時間をすごしてきた。これは、家族ひとりひとりにとって、とてもとても大切な経験、大きな財産。
そんな宝物の家に住めるなんて、おめでとう!

家をつくる、ということは、本当は、家族をつくる事だと思うのです。
一生のうちでこれほど夫婦が向き合える時間はありません。
ぶつかりあう事もあるでしょう。。
相手の知らない面をみつけてとまどう事もあるでしょう。。
でも、それから逃げないで、共につくりあげなければ、いい家にはならないのだと思います。

おとうちゃん、ガンバレ!
junさんもガンバレ!
終わりのない「家」なのだから・・

お久しぶりです。
いつも、記事を読ませていただいてるのですが、急いで通り過ぎており…コメントせきませんでした。
(ごめんなさい、タイピングが、とっても遅いンです。)
なんだか、今日の記事に、グッときてコメントしたくて。
家族が育つ家、とってもステキです。
junさんのこだわりや、お子さんへの愛情は、いつも感じておりましたが、今日の記事は、ご夫婦の絆が感じられて、本当に、ジーンと来ました。
土間、いいですね~。
考え付きもしませんでした。
マイホームを手に入れただけで、満足していた私達は、なんだったんだろう…てな気分になります。
もし、また機会がもてたなら、同じお金を払うなら、今より小さくても、こだわりの住まいを造ってみたいな。
何だか、今日は、ココへきて良かった。
朝から、とても癒されました。ありがとうございます。
あ、それから、今気づきました!!
リンク、張っていただいていたんですね。
ありがとうございます。
コチラにも、貼らせていただきます。
どうも、ブログ運営に関して、疎いわたしでして…。
記事しか見てなかったりもして…。
junさんには、いろいろと、習うことが多いです。
また、お邪魔します。

とうちゃんと喧嘩でもしましたか?
読んでいて、なんかそんな気がしました。
ウチの父ちゃんも交渉下手です。下手というより避けて通ってます。

東京町家さん、ありがとうございます。
「間違っていたのかな?」「建売とか買えばラクだったのかな」と思ったこともありましたけれども、東京町家さんのブログをココロの支えになんとかやってこられました。勉強会に迎えてくださって、本当にありがとうございました。まさか私の出た学校の先輩の方だったとは思いもよらずにおりました。

そうですね、宝物…。でもやっぱり、宝物なのは家じゃなくて子どもたちでしょうか。

やっぱり、思ってしまうんです。街を歩くと、「こういう今の家って、ちょっと違うんじゃないかなぁ…」とか、「つまらない家だなぁ…」とか。べつに思いたくなくても、どうしても思ってしまうんですよね。その感覚を理解してもらえる人というのは本当に少なくて、孤独なものもありました。それって、受けた教育が受けた教育だったせいなんでしょうか…。

本当に、多くの人と出会いました。1年前には想像もつかなかったことです。でも、そのせいで、課題が増えたような気もしています。

しださん、ありがとうございます。

しださんのところには、とうちゃんがずいぶん愚痴こぼしに行ってましたからね…。もうほんとすみません。

「間違ってない、正しい」と言っていただけたのは本当に勇気づけられました。考え方を理解できなくて、馬鹿にしたような言い方をする人もたくさんいましたから。

でもまだ住んでないので、実感がわいてないんです。まだ、この家は妄想なんじゃないかって気がしたりしています。

アンティーク・マムさん、コメントを書いていただいて、ありがとうございます。

そうですね、じつは、家なんて、なんでもいいのかもしれません。家をつくったから、仲のよい幸せな家族ができあがるわけじゃありません。

ふたりの子どもたちがいれば、どこだっていいんです。なんだっていいんです。
もし、6畳ひと間の安アパートで子どもたちと暮らしたとしても、億ションで暮らしたとしても、今と同じことを考えていると思います。「このふたりの子という宝物さえあれば…」。

命があるというのは、奇跡の積み重ねだと思います。
家はつくれても、命はつくれません。

よろしければまたコメント書きにいらしてくださいね。

りぼんさん、いやぁ…、喧嘩する時間すらないですね(笑)。

コメントする